津保谷ぞいの川すじを風変わりな旅の坊さまが歩いていく。腰には黄ばんだずだ袋。背中には、ねこだ(ワラであんだ背負い袋)を負んで。

子どもたちが二人・三人と集まってきた。

「衣がびろびろにやぶけとるわ」
「シラミがわいとらへんか」
「どこへ行くんやろ」

ぞろぞろ後ろについてはやしたてる。

坊さまは いっこうに気にするふうもない。背中で声を聞き流す。破れ衣を川風になびかせ、ひょうひょうと歩いていく。

夏草の間から津保川の瀬音が聞こえ青い渕がのぞく。坊さまの姿がふっと消えたように見えなくなった。と、いつの間にか川原の岩の上に立っていた。

大水のあとの川原は、あちこちに流木が散らばっている。坊さまは三つばかり岩をひょいひょいと身軽に跳んで、そのうち一本の丸太をかかえてきた。

「何をするんじゃろう?」

子どもたちは首をかしげ、岩のかげから遠巻きにそっと身を乗り出した。

坊さまは、ねこだをおろし、中のぼろ布にくるんだ包みを解いた。黒光りするナタとノミが出てきた。日にかざす刃先がチカッと光った。坊さまは親指の先で触れ、具合を確かめた。

地面に突き立てた丸太に、はっしとナタが振り下ろされた。丸太は見事にスパッと二つに割れ乾いた音をたててころげた。

カツッ カツッ コツッ…
カツッ カツッ コツッ…

ナタがくい込むたびに木っ端が飛んだ。木の香りがふわっとあたりに流れた。丸太は、少しずつかたちを変えた。

坊さまの額には、玉の汗が光り、首すじを伝った。さっきまでのひょうひょうとしたまなざしは消え次第に鋭さを増した。引き結んだ口もとに熱気がほとばしった。

やがて頭と胴ができあがった。しまいに人が胸のあたりで手を合わせ、おがんでいるようなかたちになった。

坊さまが手まねきして呼んだ。

「ほれ、みんなにこれをやろう」

子どもたちは、坊さまのまわりにわらわらと集まった。

ノミで仕上げの目の輪郭をえぐる。ひとノミさっと入れると目の形がきまり、もうひとノミ入れると細いおだやかな目になった。

坊さまの日焼けした腕に、一体の仏像が抱かれていた。

「ほんとうにもらってええんか?」

年がしらの子どもが念をおした。

「約束じゃ。もらってくれるかえ」

みんな合わせたようにこっくりをした。

「丸太が仏様になったぞ」
「すげえな」
「じょうずじゃなあ」

こどもたちは手をたたいて喜んだ。

坊さまは破れ衣をひるがえして、さらに津保川をさかのぼった。川原のそこここで、水浴びをする子どもらの姿が見られた。

突然、野づらを貫いて人の悲鳴が聞こえた。

「だれか、だれかっ!」

坊さまの眉毛がピクリと動いた。川原で老婆がよろけながら叫んでいる。

「どうした!」

老婆の指さす川瀬を、おかっぱ頭の子どもが流されていく。

「いかん」

坊さまは のぶといひと声を残すと、砂利を蹴散らして後を追った。浅瀬に水しぶきがあがる。大岩の上にかけ登った坊さまは、かけ声いちばん流れに身をおどらせた。ぬき手をきって距離をぐんと縮めた。やがて渦巻く流れをはねかえし、抱きかかえるように子どもを岸に引き上げた。

子どもは ぐったりとして、目をつむったままだ。

「坊さま。助けてくりょ。助けてくりょ!」

かけつけた老婆はひざまづき、狂ったように頭をかかえて叫んだ。

坊さまは両手をあてがい下腹を押して、水を吐かせた。色を失った口びるに自分の口を重ねて何回も何回も息を吹きこんだ。

やがて、子どもは「ううっ」とかすれた声をもらしうす目を開けた。

「おお、気がついたかえ」

老婆は子どもを抱きしめ、人目もはばからずおんおん泣いた。

「もう大丈夫じゃ。よかったのお」

「ありがとうごぜえます。ありがとうごぜえます」

老婆は、何度も地面に頭をこすりつけ手を合わせた。

「なんのなんの、あたりまえのことをしたまでのこと」

坊さまは すくっと立ち上がり、かたわらの木ぎれを拾うとまた一心にナタをふるった。木ぎれは いつしか小さな童の仏像になった。

「川で溺れんように お守りじゃ」

仏像を彫り、溺れた子どもを助けた坊さまの話は、さざ波のように広がった。

村は貧しかったが、坊さまは あちこちで迎えられた。宿を借りたり、食べ物を恵んでもらったり、もらい風呂をしたりした。時には、味噌造りも手伝った。そのお礼がわりにと、いろいろな仏像を刻んだ。

坊さまの名は「円空さん」。貧しい人や病気で苦しんでいる人々を救いたいという志をもって全国行脚の旅を続け、生涯に十二万体もの仏像を彫り続けた。

聖観音像

多々羅の観音堂には、円空さんの彫り上げた善財童子像・善女竜王像・十一面観音像、また堂谷内の観音堂には聖観音像などが、今も静かにたたずんでおられる。

どれもこれもみなそのお顔は、深い母のまなざしにもにて愛にみち、限りなく人々の心を癒す。