職業軍人の優一と結婚した春代は、夫と共に満州に渡り、一児をもうけたが、終戦となり日本に逃れる途中で夫とも離ればなれになった。

赤ん坊を連れて命からがらやっとのことで日本へ帰って来た。赤ん坊は、母乳不足でやせ細り、目ばかりが大きくまるで猿の子を見るようであった。

春代は実家に身を寄せながら、夫の帰りをひたすら待ちわびていた。

「さあ、今日も狐狗狸さんに来てもらって、お聞きしようか」

春代は、昼食をすませたあと、そう言いながら準備を始めた。

狐狗狸さんとは、その当時も流行っていた占いの一種で、狐の霊を呼んで悩みごとを占ってもらうものである。

降霊をすると、狐の霊が降りて来て霊媒者に乗り移り色々な質問に答えてくれる。

春代も、娘時代に覚えた方法で、狐狗狸さんを呼び夫の消息を聞くのを唯一の慰めにしていた。霊が人に乗り移るのだから、呼ぶ人の体力の消耗も激しく、終わった時にはクタクタに疲れた。時には狐狗狸さんの霊が体から離れないこともあるとかで、危険も伴うものであった。

「僕、お父ちゃんがどうして居るか。狐狗狸さんに聞くからお利口してておくれ」

春代は、傍らの赤ん坊に声をかけてから、白い紙を出し、平仮名五十音表と数字を書き、更に漢字で男・女と書いた。そして割り箸三本を使って糸でゆわえると準備は終わった。

春代は、部屋の障子を締め切り一ヶ所だけ少し開けて、その隙間に向かって狐狗狸さんを呼ぶおまじないの言葉をブツブツ・・・と呟いた。狐狗狸さんがやって来た。狐狗狸さんがやって来ると途端に、不思議にも割り箸がなんの力も加えないのに動き出す。

「いらっしゃいませ 狐狗狸さんはどこからいらっしゃいましたか?」

春代が問いかけた。

「加・茂・野・か・ら・来・たー」

狐狗狸さんは、ゆっくりと紙の上の文字を探しながら、一言づつ答えていく。

「夫のことが聞きたいのですが、夫は生きていますか?」

割り箸がスーッと動いた。狐狗狸さんはゆっくりゆっくり文字を一つづつ指して答えた。

「生・き・ て・ い・ るー」

「ああ、良かった」

「僕、お父ちゃんは生きとるんやと、良かったなぁ。」

「狐狗狸さん、まだお聞きしたいことがありますが」

「私の兄も満州に行きましたが、まだ帰って来ません、どうしていますか?」

また、割り箸がひとりでに動いた。

「お・前・の・兄・も・生・き・て・い・るだ・が・病・気・を・し・たー」

「病気ですか? 大丈夫ですか?」

「大・丈・夫・だー」

「そうですか、ありがとうございます。」

春代は、何度も何度もお礼を言った。

丁寧にお礼を言ったあと、狐狗狸さんにお帰りいただくようお願いすると、割り箸を持つ手が自然と障子の隙間の方に動いた。

こうして狐狗狸さんはお帰りになった。その後はもう割り箸は動かなかった。

ある時、こんな事もあった。七歳と言う男の狐狗狸さんが来た。人間ならまだ子どもの年齢である。たまたま、傍らで見ていた春代の兄の子がさつま芋を食べていた。するといきなりその子の方へ割り箸が動き何度も指し示した。

「なんでしょうか?」

春代が尋ねると

「さ・つ・ま・い・も・が・欲・し・い」

狐狗狸さんはそう答えた。

さつま芋を持ってきて、紙の上に置くと、割り箸がすごい速さで動き、さつま芋をつつきだした。見る見るうちに芋は粉々に砕け、細かくなった。きっと狐狗狸さんは美味しく食べられたのだろう。

狐狗狸さんもやはり人の子と同じで子どもの年齢だったようだ。

その後、春代は何度も狐狗狸さんを呼んだ。その中で、夫のほうが兄より先に帰るというお告げがあったが、そのお告げどおりになった。

春代は夫と兄が帰って来てからは、狐狗狸さんを呼ぶことは一度もなく、呼ぶ方法を人に教えることもなかった。

 

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