轡野コースを訪ねて(轡野)|武儀の語り草 -昭和・平成編-
『七倉三門』の謂われ
「あっ、こうもり。それ、捕まえよ 」
「昔は面白かったなぁ。この洞穴の中で杉葉を燻して煙を出すと、こうもりが飛び出てきよった。すぐ酸欠で火が消えるで、また火をつける。あんなこと今思うと危ないに、よう平気でやっとったもんや」
「それに、この洞窟の奥に井戸がある。石をほうくるとドボーンと言う。その音で深さを知ったもんや」
「今は危ないで半畳ほどのコンクリートの蓋がしてある。昔懐かしい思い出の場所や」
こんな話に引き込まれた。
古老の話は続いた。広い屋敷跡を進むと、高さ一メートル余り、長さ三十メートル余りの石垣が二面もあった。この広い屋敷の中に七つの倉や三つの門があったのだろう。
一つの倉に米百俵が蓄えられ、飢饉に備えた。市三郎氏は何度も農民を救ったとの説明を聞いた。
道路沿いに近付くと、間口三間ほどの仕切りがあった。
「これは、馬屋だった。奥行が長いのは、馬の世話役の部屋が続きにあったらしい」
なるほどとうなずく。そんな場所が二ヶ所もあった。さすがに豪邸である。
その後、谷川を挟んだ細道を登り、ふと立ち止まる。
「ここらへんたが、確か隠れ井戸の出口やった」
「隠れ井戸って、何のこと?」
「それは水の無い井戸のことで逃げ道になっとるんやわ」
「ふうーん。そんなら井戸の入り口もあるわなぁ」
「前は、穴を覗くと奥の方へ道が見えとったけんどなぁ。わしがおらんようになったら、恐らく誰も知らんようになってまうわなぁ」
古老の寂しげな声が耳に残った。
こうして、古くから伝わる歴史的背景を知れば知るほどに、感慨の念は深まって行く。
今も、末裔の森家には、古文書の多くが、残されている事で尊い歴史の生きざまを知ることが出来た。
それにしても、轡野集落の人たちは、『郷土守り隊』を編成し、自然保護に努め、その協力体制には頭が下がる。
ロマンウオークの活動がこの地の知られざる歴史を掘り起こし、地域活性化に深い関わりを生んで行くことを期待する。
歴史的背景の要所
○上野地区の用水碑に先人の労苦を偲ぶ。
○回り舞台の謂れや古布地名の起こりを知る。
○乳岩様の乳房型の岩から滴る液の功能に驚く。
○森蘭丸の甥、森勝五郎の末裔の歴史的背景は学識を高め、見どころとなった。それにまつわる豪邸の跡地からは、『七倉三門』の生活を知り、更なる謎を生んだ。
○裏山の『乙女滝』の言い伝えを知り、そこに生育する生き物の神秘に惹かれる。
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| 団体名 | NPO法人日本平成村 |
|---|---|
| 住所 | 岐阜県関市富之保2001番地1 武儀生涯学習センター内 |
| 電話番号 | 0575-49-2855 |
| 担当者 | 事務局長 可児(かに) |