暖かい陽射しのさす軒下で、おとしよりが畑から収穫した大根の始末をしている時でした。

「おじいちゃん、この箱に金山○○○って書いてあるけど、金が入ってるの?」

台所の方から子どもの声がしました。何か探し物をしていて見つけたのでしょう。不思議そうな顔をして、箱を持って来たのです。

「金ではない。包丁が入っとるんや」
「包丁?」
「うん、そうや。開けてみてみよ。手を切るとあぶないで気をつけてな」

開けてみると、そこにはまったらしの包丁がきちんとおさめられていました。ふたをもう一度見ていた子どもは、

「おじいちゃん、どうしてこの箱のふたに、金山○○○って書いてあるの?」

小首をかしげてたずねるので、おじいさんは仕事の手を休めて話はじめました。

「それはな。垂井の南宮神社の祭りに水成の当元の人達と一緒に参った時にもらってきた包丁や」

「南宮神社の御神体は金山彦尊というお方で、この方は、鉱山の神・鉄の神と言われているお方や。それで垂井の南宮神社の氏子さんたちが、鉄でつくった包丁をお参りの記念に渡してくださったんや。その箱書きは、金山ではなくて金山彦尊の金山のことや」

「ふーん。でも、なんで垂井の南宮神社の祭りに水成の当元の人が参りにいくのかなぁ」

「それはな、水成の南宮神社が垂井の南宮神社より早く建立されていたという歴史がある。徳川幕府の時代になって両方のお宮を併せて支配されるようになったと伝えられている。それで今でも最初に建立された宮を大事にして親戚づきあいの交流が続いているからだよ。今では、垂井のお宮さんは全国に知れ渡っているが、水成の南宮様は、昔のおもかげを今に残してひっそりとしかも威厳を持って祀られているんや。それで祭りの時には垂井の南宮様から水成の南宮様に参りにこられるし、こちらからも行くんや」

「でも、ずーっとずーっと昔から今も続いているの?」

「そうや。昔は道は狭いし自動車もない。乗り物といえば川下りの舟くらいだったから、それは大変だったと思うよ。垂井まで出かけるには、ワラジを腰に下げ下之保まで出て山越えで、美濃市に出てそこから舟で行ったこともあったと聞くがな。そうそう時代劇に出てくるように関所のような所もあって、大勢で行くので何者やと思われることもあったのかは知らないが、『通行手形』を持っていったということや」

「通行手形?」

「時代劇などで見るやろう。ふところから出して自分の身分証明をする場面を」

「あゝ、水戸黄門でやってるとこみたことあるある」

「そうそう、水成にある通行手形はもっと大きくて、表の上部に葵の御紋がつけられ、下部には、南宮御用と記されている。裏には大工さんの名前と南宮公文書の焼印が押されているんや」

「へえー。通行手形を持っていく時代から、垂井へ行くのが続いているなんてすごいなあ」

「そうだよ。形は変わってきても、何百年も続いていることはとてもすばらしく尊いことだよ」

 

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