千体地蔵さま(西洞)|武儀の語り草 -昭和・平成編-
西洞には、その中心に西洞川があります。この川は、かってはたくさんの水が流れ、ここに住む人々の生活を彩ってきました。あまご、いわな、そしてうなぎ、沢ガニなどたくさんの恵みがありました。
大知洞・姫洞の谷から生まれた小さな川は、西洞の里に沿って下り、やがて、津保川へ流れ込みます。川沿いに広がる西洞の里は、なだらかで日当たりも良く農耕地として大切にされてきました。
近年の農地整備の折には、たくさんの石器が出土し、古代から人々が住み続けてきた証となっています。
さて、今からおよそ四百年ほど前のお話です。この静かな里に疫病が入り込み大流行となりました。人々は恐れおののきましたが、この疫病に負けてはならぬと、あらゆる知恵を出しこの病と戦いました。
しかし、疫病はすぐにおさまることなく、幼い子どもや、赤ん坊、年老いたご老人たちが次々と犠牲になって亡くなられたのでした。多くの家々で悲しみが繰り返されました。
そのころ、修行僧である三人の木喰僧が西洞に立ち寄られました。三人はこの悲しみにくれる里の人々を知り、亡くなった方々のご供養のためにお地蔵さまを彫り始めました。山々から木を切り出し、福田寺の小さな庵でお地蔵さまを無心に彫り続ける姿に、心を打たれた里の人々は、畑や川で採れた食べ物を毎日届けるようになりました。
この話は隣り村や、遠くは可児の地までも伝わり、我が子や、父や母の供養がしたいと、お地蔵さまにお願いに来るようになりました。やがて、この里の疫病は治まり、いつしか月日は流れて、このお地蔵さまは千体を数えるようになりました。
西洞の人々は、これを「千体地蔵さま」と呼ぶようになり福田寺の本堂でひっそりと守られてきました。
千体地蔵さまは、今も里の人々を見守り、病気に負けない強い心と、家族を思うやさしい心を伝えています。
三人の木喰僧によって彫られたお地蔵さまは、三様の彫り方が伝わり、その中心には「一心」と刻銘されたお地蔵さまが静かにたたずんでおられます。又そのお顔は一体一体違っており、自分の顔に似たお地蔵さまを見つけると、幸せが訪れるとも言われています。
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| 団体名 | NPO法人日本平成村 |
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| 担当者 | 事務局長 可児(かに) |