八滝の水の恵み(祖父川)|武儀の語り草 -昭和・平成編-
武儀富之保、祖父川集落へ入ると蛇道となる。四キロほど進むと広大な原っぱが広がる。
緑濃い森林は目にやさしく、バンガローも見え隠れして、自然と足をとどめたくなる。さらに、山奥へ一キロほど入ると、どん詰まりとなる。
「あっ、滝だ 」
思わず声がついて出る。大小合わせて、八っつの滝(八滝)の中で一番水量の多い滝の眺めは絶景だ。
昭和の初めの頃、この滝にまで渇水が起こり、農民たちは、
「雨を下され、雨を下され、恵みの雨を 」
と祈り続けて踊った。いわゆる、『雨乞い踊り』である。
その頃、おらは、五歳くらいの悪がきやった。谷川は、干上がって石ころだらけになってしまった。今まで魚を捕ったりウナギまで捕れて面白かったに、それができんようになった。
「おっ母あ、上の八滝へ遊びに行くでな」
「あそこはあぶねえ。気いつけよや」
「おっ母あは、桑畑の草かきや、お蚕さまを飼わなんで、てんてこまいや。おらんたのことなんぞ何にも眼中にないわ」
とうそぶく。
そんなある日、大事が起きた。
「おっ母あ、武坊が八滝の滝登りじゃ言って登りよったら、手が滑って落ちたんじゃ」
「それみろ。言わんこっちゃねえが」
さいわい武坊は、手首を擦りむいただけですんだ。
ところが、その夜のことじゃった。おらは夢にうなされた。白い着物をまとった仙人が現われ、おらの頭の上をぐるぐる回った。
「八滝の水は地にもぐるぞよ、岩を汚す者にお怒(いか)りじゃ。お怒りじゃあー」
はっと目を覚ました。おらは、すぐおっ母に話し、武坊の家へ走った。噂は、その日のうちに広まった。
「下の方では、川の水がどんどん少のうなっていきよるで心配のたねじゃったに、これ以上、地にもぐっては大変じゃ。何とかして神様のお怒りを解(と)いてもらわにゃならん」
誰言うとなく集めた金で、滝の横の小高い丘に祠(ほこら)が建てられた。『ご輪(りん)さま』と命名され、朝な夕なに祈りが続いた。
ちょうどその頃じゃ、消防貯水槽のわきに、妙な木が育っていた。五月頃になるとその木の枝に、大きな真綿(まわた)の球が幾つもぶら下がるのだ。そして、数十匹の蛙が生まれて貯水槽へ飛び込むんじゃ。
「ありゃ、モリ青蛙と言われとるそうじゃ」
「あの木は、『阿呆(あほう)の木』と言うらしいぞ」
「ひょっとして、あのあたりの谷川まで水が来とるらしいが、あの蛙が守り神のお使いかも知れんぞ」
色々と、噂を呼んだ。この土地を守る大切な水に願いをこめてご輪さまに手を合わせているお陰であろうか八滝の水は、涸れることなく今もとうとうと流れ落ちている。
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| 団体名 | NPO法人日本平成村 |
|---|---|
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| 電話番号 | 0575-49-2855 |
| 担当者 | 事務局長 可児(かに) |