日本平成村には、読み方は違っても元号と同字の地「平成(へなり)」があり、元号が昭和から平成に改められたときに、一躍脚光を浴びました。
日本平成村とは、旧武儀町(現関市武儀地域)が立村した理想郷です。日本平成村という登録された地名があるわけでもなく、テーマパークがあるわけでもありません。
簡単に言うと、日本平成村とは、関市武儀地域全体のことを指します。
旧武儀町と記されているのは、平成17年に武儀町は関市と合併したためです。現在では、「関市武儀地域」と呼ばれています。
さて、以下では日本平成村について、平成フィーバーのはじまりから日本平成村の立村、その後に至るまでを時系列で紹介していきたいと思います!
「そら、すんげぇ騒ぎやったわ」
「もう、とにもかくにもびっくらこいた」
ときは、昭和64年1月7日。当時の官房長官、小渕恵三氏が「平成」と記された一枚の色紙を掲げた瞬間、旧武儀町(現関市武儀地域)は、日本で一番注目されるまちになりました。
元号「平成」の発表、その瞬間から旧武儀町役場の電話は、鳴りやむことがありませんでした。
翌日からは、メディア取材が殺到し、元号と同字の地を一目見ようと全国から観光客が大挙して押し寄せました。
当時、地区住民35人の平成(へなり)地区に、多い日では1,000台の車が列を作り、交通整理や駐車場の確保に大忙し。
旧武儀町では、この平成フィーバーを受けて、旧漬け物工場を平成おみやげコーナーとして開店。※この店舗は、道の駅平成に統合されたため、現在は閉店しています。
平成に来た記念にと、急きょ開発された「平成ゴールドテレフォンカード」「平成林道プレート」「平成しいたけクッキー」など、平成と書かれたものであれば何でも飛ぶように売れていきました。
その後、旧武儀町を訪れる観光客の流れは、1~2年ほど続きました。
元号「平成」のスタートとともに、元号と同字の地として「びっくらこいた」町民は、平成フィーバーに酔いました。
旧武儀町では、この余韻にのせて、村おこしの一環として「日本平成村」を立村。これからのまちづくりの理念として「地球でいちばん素敵ないなかまち」をキャッチフレーズに、エコーとユートピアの合成語「エコピア構想」を打ち出し、手作りの村づくりを目指しました。
日本平成村の村長には、女優三田佳子さんを迎えました。
平成3年には、当時の竹下内閣による「ふるさと創生1億円事業」を元に、平成地区に「元号橋」を竣工。
元号橋は、「渡ると音の出る橋」として瞬く間に有名になり、多くの観光客が訪れました。
平成6年には、日本平成村花街道センター(のちの道の駅平成)が完成し、三田佳子村長を迎え完成式典が盛大に行われました。
※平成地区にあった「平成おみやげコーナー」は、日本平成村花街道センターに統合されたため、現在は閉店しています。
平成7年には、平成自然公園(モニュメントの森)が完成。平成の自然を一望できる展望台や、いろいろな遊具設備が整備されました。※現在は、展望台および遊具は立ち入り禁止になっています。
その後も、平成11年には、武儀町生涯学習センターが完成。400人収容できる多目的ホールや図書館、公式競技が可能な体育館などが整備されました。
平成12年には、国勢調査により旧武儀町の北西部(水成地内)が日本の人口重心地となりました。このことを記念して、水晶山遊歩道内には、記念モニュメントが設置されています。
平成17年2月7日、関市との合併により旧武儀町は閉町しました。
この際に、旧武儀町だけではなく、旧上之保村、旧洞戸村、旧板取村も合併されたことによって、現在の関市はV字型になりました。
旧武儀町は、V字型をした関市の東ウイング中ほどにあります。
元号の地として脚光を浴びた旧武儀町も、時を経るごとに観光客の流れは緩やかになっていきました。
当時は音が鳴った元号橋も、のちに音が鳴らなくなり・・・
人と自然の共生を謳った平成自然公園も立ち入り禁止の場所が増え・・・
町を出ていく若者は増え続け、平成フィーバーを語り継ぐ者も少なくなりつつありました。
そんな中、天皇の生前譲位によって、元号「平成」も平成31年4月30日を以って幕を閉じることが決定しました。
平成のスタート時にこそ盛り上がった旧武儀町でしたが、今度は平成の終わりです。
「あの時のように、メディアや観光客が動くのか?」
関市武儀地域では、元号平成に感謝し笑顔で新元号にバトンタッチをするべく「ありがとう!平成時代実行委員会」が結成されましたが、ほとんどの委員が「平成の終わりに再び盛り上がるのか?」と半信半疑でした。
しかし、蓋を開けてみれば、とんでもない平成ラストフィーバーに見舞われたのです!
道の駅平成を中心に、連日メディア取材が訪れ、平成(へなり)の話題を目にしない日はないほど露出が増えていきました。
あの時と同じように、「平成」と書かれたグッズは、なんでも飛ぶように売れていきました。
平成最後の日(平成31年4月30日)にいたっては、道の駅平成に過去最高の来場者が訪れ、その数なんと1万人!!
日本平成村村長の三田佳子さんも、およそ30年ぶりに来村し、多くの話題を集めました。
日本平成村は、日本で唯一の「元号と同字の地」として、これまでもそしてこれからも「地球でいちばん素敵ないなかまち」をキャッチコピーに、まちおこしが続いていくことでしょう。